想像を超える地域実践者:「九州における地方創生と社会実践」をテーマとした交流体験

2023-05-02 著者 / 陳東升(台湾大学社会学系特任教授、国科会「人文創新と社会実践」推進・調整プロジェクト主幹)
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*本稿は、2023年1月16日の「国科会人文イノベーション社会実践計画季別業務会議」での報告を加筆修正したものである。

台湾の大学メンバーと日本の地域実践者との出会い

2023年1月7日から14日、国科会人文イノベーション社会実践プロジェクト事務室と日台大学地方連携および社会実践連盟のメンバーは、九州北部を訪れ、地方創生と社会実践を訪ねる旅を行った。今回の旅のメインは大学訪問ではなく、地域で地方創生や地域活性化、ローカルデザインに取り組む民間の実践者である。かれらに共通する特徴は、自らリソースを調達し、人材を育成し、テーマと目標を設定し、国のリソースを使う割合が極めて低いという点である。

これら地域実践に携わる人たちは、他からの経費補助はなく、自分で仕掛け、行動し、連携しながら、リソースが非常に限られた状態で、自ら出資し、時には借り入れをする。対照的に、台湾で社会実践を行う大学のチームは煩雑な行政事務をクリアしなければならないものの、両者を比較すると、私たちが九州で目にした地域実践に携わる人の仕事はより困難であった。

通常、私たちが大学で交流する人たちのほとんどは学術関係者であり、一方で、地方の人たちの団体や地域実践に携わる人の意見を聞く機会は限られている。今回の日本訪問では、最終日の1日と九州大学の先生たちとのディスカッション以外は、すべて地域現場にいる実践者と交流を行った。このような日程を手配するのは比較的難しい。大学と大学の間には数多くの協力チャネルがあるが、地方に入るには橋渡し役が必要だからである。今回は『地方設計(ローカルデザイン)』の筆者、蔡奕屏さんに協力を依頼した。蔡さんは、日本のさまざまな市町村でローカルな実践活動チームを訪ねているため、蔡さんと蔡さんが在籍する旅行会社UNAラボラトリーズに視察ツアーのアレンジを依頼した。

人文社会実践プロジェクトのクォーターミーティングで、日本で訪問した地域実践活動に携わる人について大学チーム向けに説明する本稿筆者。

日本の地域実践活動に携わる人びとの6大特徴

今回は、日本の地方で活動する15人と交流したが、非常に印象に残った6つの特徴がある。まず、彼らは、自分が行うことについてはっきりとしたコアバリューを持ち、かつ、過去の価値観や規範から自分なりの明確な考え方を発展させていた。報告においては、過去と現在における理念の価値や行動様式の比較が行われ、内容は簡潔ながらも、考え方がはっきりとわかった。こうした地域で実践を行う人たちは、いずれも学術界の人間ではない。知識的体系はそれほど完全ではないが、かれらが説明する内容と経験、また、実践経験から抽出した核心的な価値に対する認識には敬服させられた。

今回の経験から私が感じたのは、日本の地域社会の深さと厚みは私たちの想像を超えるものだということである。それは1人や2人のことではなく、私たちの訪問を受け入れたほとんどすべての人に言えることで、ほとんどすべての人が、自分が何をしているかをはっきりと説明できた。このうちの数人と個人的に話をしてみると、そばで聞いていて泣けてしまう。

次に、大学で語られる地方学に比べると、九州で地域実践活動に携わっている人は、地方の文化や地方の特徴に対する理解が非常に深く、地域のことを推進可能な具体的なプログラムに落とし込むこともできている。このように行き届いた変換やオペレーションは、容易なことではない。

第3に、かれらはいずれも長期にわたって地方に腰を据え、移住者であったり、数百年にわたってその地域で暮らしている家族もあった。しかし、外部の社会の変化に直面すると、さまざまな手法を採ろうとし、新たな価値を生み出していた。ここで、柳川藩主の第18代に当たる末裔を紹介しよう。立花さんは伝統的な家族のしばりを乗り越え、私たちのだれもが思いつかないようなことを成し遂げていた。これは、かれらが長きにわたって地域に暮らし、苦労してきたため、蓄積されていた組織的な動員のエネルギーが広範囲で深かったということでもある。

第4に、かれらは組織の運営上、私たちが「連帯経済」、「対等な連携」と呼ぶようなものと似た方法を採用していた。これらの言葉を、かれらは使ったことはなかったが、基本的な概念は似ている。つまり、地域であるグループが結び付き、すべての人がともに参加し、推進し、運営するというものである。これは、大学の社会実践の基本的な精神でもあるが、かれらにはプロジェクト規範があるわけではなく、自分たちでただこのようにやっているのである。

インタビューした若者の何人かは、かれらの組織では上下関係がないようにしたいと語り、波佐見焼のマルヒロ社長馬場さんは、自社では、製品の品質検査を担当する従業員であっても、いつでも提案ができるようにしていると話していた。年齢、性別、職位の上下関係がはっきりしている日本社会にあって、地方ではこのような人たちがいることは想像しにくいことだった。かれらの「連帯経済」と「社会経済」は理論によって語られるものではなく、暮らしのなかから生み出されたもので、これは非常に印象に残った点である。

柳川の伝統工芸であるひな祭りの「さげもん」について説明する柳川藩主の末裔、立花邸「御花」の立花千月香社長(左端)。

第5に、かれらは異なる視点を受け入れ、以前とは異なるアプローチをより多く生み出すことで、問題を解決できるとしている点である。これにはビジョンと広い心が必要である。とりわけ、批判は不快で、相手の気分を害することもあるが、進んで耳を傾ける姿勢があれば、あるいは違った見方ができるかもしれない。

最後に、最初に提起したことだが、かれらは自らリソースを探し、地方創生と社会実践を行っている。地方創生が政府と大学の役割に着目するだけで、地元団体の参画がないならば、日本にみられるような土地に根差して構築されたエネルギーの充実と社会の方向性が見落とされることになるだろう。そして、このような地域のエネルギーには、教育制度や公と民の連携、さらには長期的な参画と啓発が必要であり、それによって、「積極的な市民」を育成することができる。この部分については、私たちは長期的に取り組む必要がある。


多様な背景を持つ実践者の群像

今回、九州北部の7地域を訪問した。別府、八女、柳川、嬉野、東彼杵、波佐見、小浜であり、大分、福岡、佐賀、長崎の各県にまたがる。前段で述べた6つの特徴は、これら市町村のすべてで具体的に見ることができる。これらの地域の長く居住している人、あるいは移住している人の年齢分布はおおむね30~50歳であり、学歴は高卒または大卒、背景は藩主の末裔であったり、企業家、フリーランスのデザイナー、アーティスト、退職公務員とさまざまである。

ひとつの社会のなかで、異なる年齢層と異なる社会的経済的背景を持つ人が、期せずしてともに地域の仕事に身を投じる。かれらは私たちのようなプロジェクトではないものの、地域社会との共存共栄を願っている。この点は実に、社会学を学んでいる私が非常に敬服している点である。

パラダイムシフトとコアバリューの提議

かつて、地域経済の活性化モデルに関する討論において、よく言われたのは、台積電(TSMC)工場の熊本進出が、現地の経済を活性化させると期待されているように、産業への投資を行うことで、人が集まり地域経済の発展が図られるというものである。しかし、混浴温泉世界実行委員会の総合プロデューサーを務めた山出淳也さんは「人」がまず先に来なければ!と言う。クリエイティブな人材が集まることで、産業が発展し、それに続いて、消費市場が活性化する、というものである。

別府現代芸術フェスティバル『混浴温泉世界』は単発のイベントではなく、NPO法人BEPPU PROJECTという継続的に活動する組織が推進する市民参加型のアートイベントであり、アーティストの移住や定住を支援する環境づくりもこの組織の仕事のひとつである。 [1]このため、「人」を先に、という理念の下、山出さんと別府市役所は新たな移住者募集プロジェクトを策定した。60人のアーティストを招聘し、そのアーティストが家族とともに移住することにより、10年後には移住者を1200人増やそうというものである。

[1] 別府現代芸術フェスティバル『混浴温泉世界』は単発のイベントではなく、2009年、2012年、2015年の3回開催され、その後も『in BEPPU』、『ALTERNATIVE-STATE』へと展開している。2010年に開催された市民参加型のアートイベント『ベップ・アート・マンス 2010』は、以降毎年継続開催されている。これらはNPO法人BEPPU PROJECTという継続的に活動する組織が推進するアートイベントであり、アーティストの移住や定住を支援する環境づくりもこの組織の仕事のひとつである。

別府現代芸術フェスティバルの関係箇所を取材。別府に移住した書家の勝正光さん(右端)が別府の市街地を案内してくださった。

さきほど取り上げた柳川藩主18代目で「御花」の社長でもある立花千月香さんの考え方は、『コミュニティデザイン』の作者である山崎亮が「100万人の人が1度だけ訪れる島ではなく、1万人の人が100回訪れたくなるような島にする仕組みをつくる」と言うのと似ている。しかし、立花さんの企業経営と街づくりには、行楽客に柳川を繰り返し訪れてもらうだけでなく、地元の人たちにも柳川の景色や文化を再認識し、楽しみ直し、改めて理解してもらうということも加わっている。内と外の双方に配慮するのは容易なことではない。とりわけ、藩主の家系という家柄は特別で、別荘も広い。立花さんは、自分たちで家だけが長く続くということはありえず、家の存続には地域の人たちとともに柳川を変える必要がある、という。

以上の2つのケースは、いずれも地域実践に携わる人のパラダイムシフトと新たなコアバリューの提起の方法を明確に示している例である。

現地の文化や社会を深く理解した上での再解釈

佐賀県嬉野市では、私たちは2人の温泉旅館経営者を訪ねた。1人は1830年創業の老舗旅館大村屋の北川健太さん、もう1人は大型のモダン建築である和多屋別荘の小原嘉元さんである。二人は地方文化と社会を深く理解した上で、再解釈し、それを事業経営と地域での仕事に取り入れている。二人は、嬉野には、1300年前に湧き出した温泉、500年前に始まった嬉野茶の栽培、400年の歴史を持つ「肥前吉田焼」という3つの重要な伝統があると言う。二人は、地元のこの3つの要素を結び付け、「嬉野茶時」という地域ブランドをプロデュースした。観光客に温泉郷の山の上にある茶園で、肥前吉田焼で豊かに嬉野茶を楽しんでもらい、地元の風土と文化を実際に体験してもらうものである。このプロジェクトが始まる前は、茶農家は赤字であったり負債を抱えていたが、今ではしっかりとした利益を挙げられるようになり、より多くの人が嬉野に泊まりにくるようになった。

これは、かれらが地元文化とローカルな知を理解した上で再解釈をしたもので、シンプルではあるが、きわめて精緻なものである。また、これらのローカルな知を整理・研究した後は、郷土史や県史に収録しておいておくのでもなく、学校でカリキュラムとしてデザインしたのでもない。これはかれらの生活の一部であり、暮らしの中の蓄積や知恵をローカルなアクションに転換したものなのである。これが大学において実践している者に与えたことは、地方学を討論する際、それを知識体系に置き換えただけで終わってはならないということである。

「嬉野茶時」が地元の要素を組み合わせてデザインした茶の体験イベント。茶園で専属のお茶の専門家が淹れてくれた茶と解説を楽しむ。

長期的に腰を据えて積み重ねられる地域の組織を動員するエネルギー

地域の組織を動員するエネルギーを考える際に、私たちが視察したのは、福岡県八女市福島地区にある250棟余りの伝統的な建築である。ここは、自発的に発足したいくつかの自治組織によって古い建物の修復と活性化を行ったものである。これらの組織は相互に連携し、建築家や建設会社、地元の一般の人たちに呼び掛け、ともにアクションを起こし、これまでに、老朽化していた163棟を修復し終えた。公的な資金を申請するほかに、銀行から融資を受け、不足分はクラウドファンディングで調達した。これらのアクションはすべて民間から起きたもので、官側が提起したものではない。ここには、地域の組織が持つ巨大な動員力をみることができる。

また、長崎県東彼杵町にも森一峻さんというUターン青年がいる。ふるさとの人口や商店が減少する苦境に、同じ考えを持つ仲間とともに組織を発足させ、より多くの人が移り住んだり、店を開くのを支援している。もともと、地域には店が数軒しか残っていなかったが、6、7年間の取り組みの末、新たにオープンした店舗は19軒となり、ゆっくりと点から線を成すようになってきた。

常々、大学が推進する社会実践活動には本当にKPI(重要業績評価指標)がないのかと聞かれる、これらの地域実践に携わる人にもKPIはない。しかし、かれらにはやりたいことがあり、できたものはほかの人とシェアすることができる。このため、各々のチームが本当にやりたいことを突き詰め、それができた場合には成果を多くの人とシェアすることが重要である。また、これらの地域実践に携わる人のアクションは、いずれも少数の人がより良いところに到達するためのものではなく、地域の人すべてがこのプロセスに参画し、地域全体が公共的な利益を得るというものである。

公共の利益の地域実践

最後に紹介したいのは長崎県波佐見町のケースである。ここは「波佐見焼」の産地である。波佐見焼きは、かつて近隣にある著名な「有田焼」として生産されていた時代があった。陶磁器開発と販売の専門業者である「マルヒロ」は、ブランド改革で収益化を図った後、社長の馬場匡平さんは2億円を投じて現地に公園を整備。経費の不足分は銀行から借り入れた。

私たちは、なぜ公園を整備したのかを尋ねた。馬場さんはまず、プライベートな理由を挙げた。3年前、子どもが生まれたことで公園のヘビーユーザーになり、公園が家庭によって非常に重要なものであることを知った。2つ目の理由は、波佐見は大変な田舎町で、地元の人たちは遊びに行く場所が非常に少なく、DVDを借りたり、マクドナルドへ行ったりするだけでも車で40分かかる。このため、地域の人たちの憩いの場となる公共の場が必要だと感じた。そして、さらにもっといいことに、このような場所があれば、ここへ来て景色を眺めたり、草むしりをしたり、だれかとおしゃべりをしたりすることができ、生活のリズムが変わることでイノベーションが生まれ、陶磁器以外に何かをすることができると考えるようになるというのだ。ほんとうに素晴らしい人ではないか。ただ、今もなお銀行への返済について悩んでいるとも語った。

マルヒロの馬場匡平さんのアイデアで整備した「だれもが遊べる」をテーマとする公園「HIROPPA(ヒロッパ)」。

この公園整備にはいくつかの条件がある。最も重要な前提と語ったのは、完全なバリアフリーで、すべての人が公園で遊べるようにということである。公園には滑り台とブランコもない。こうした遊具で遊ぶには並ばなければならず、弱い者いじめや順番争いが起こりうるからだ。こうした遊具を減らしたところ、大人と子どもが想像力を発揮して公園で自然に遊ぶようになった。

公園には、会社直営の陶磁器ショップもある。壊れやすい陶磁器が並ぶ陶磁器店に子ども連れで行くことは親にとっては心配なことであり、子どもたちにとっても叱られることが怖い一番の場所でもある。しかし、馬場さんは、ここで親が心置きなく子どもたちを走り回らせてくれたらと考えている。都市部から遠く離れたこのような地域で、1人の社長がわずかな儲けで2億円を公園整備に費やすということは、これは連帯経済ではないだろうか。公共の利益なのではないだろうか。

2015年にケベック大学モントリオール校のマリー・J・バウチャード教授を招いた際、大学チームは、相互に活動するだけではなく、市民団体にコラボレーションを依頼し、ともに参画、シェア、交流することもできるとの助言を受けた。私たちのプロジェクトも徐々にこの方向へむけて努力している。とりわけ、私たちが見たり、考えたり、不満に感じたりすることは、いずれも大学の視点から出たものだが、しかし、外の世界のリアルな動きと現地の声をないがしろにすれば、私たちの思考やアクションはいずれも限定的なものとなる。さまざまな大学チームと実務経験を学び合うほか、第一線に行って地域の人たちが何をしているのか見てみてほしいと思う。これが大学の社会実践活動のなかで最も重要なことだと考える 。


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