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『ゼロ・エミッションへの挑戦』書評―市民が動かすネットゼロ実践と社会変革
專題文章 ( 特集記事 )
學校(学校) | 國立中山大學 国立中山大学 作者(著者) | 伊藤佳代 約聘助理教授
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■書誌情報
財団法人国家実験研究院 編、伊藤佳代 訳『ゼロ・エミッションへの挑戦 台湾発 未来をつくる行動のデザイン』集広舎、2026年4月。
原書:財團法人國家實驗研究院 編『起萌行動 公民零碳實驗室』、2025年。
本書『ゼロ・エミッションへの挑戦―台湾発:未来をつくる行動のデザイン』(原書:中国語版『起萌行動 公民零碳實驗室』、2025年2月刊)は、台湾の公的研究機関である財団法人国家実験研究院によって編まれた一冊である。日本語版は、国立中山大学教員である伊藤佳代が翻訳を担当し、本稿はその訳者自身によるレビューである。本書は、台湾が掲げる「2050年ネットゼロ排出」という国家目標を背景に、市民参加型の社会変革のあり方を、「サンドボックス試験計画」をめぐる市民による具体的な社会実践を紹介している。評者は本書の日本語版翻訳を担当した立場から、その内容と意義を検討する。規制のサンドボックスの枠組みにより、市民団体やスタートアップは既存制度にとらわれない形で実証的な取り組みを行い、その成果が政策や制度へと接続される循環が形成されている。本書の特徴は、市民が生活に根ざした気づきから社会課題を見出し、主体的に課題設定と解決に関わる存在として位置づけられている点にある。また、行政は伴走支援を通じて市民のエンパワーメントを促し、協働関係のもとで社会変革が進められている。さらに、実践と制度形成が相互に作用する動態的プロセスが、具体的事例を通して示されている点も重要である。こうした台湾の取り組みは、日本においてまだ十分に確立されていないボトムアップ型の政策形成のあり方を示しており、日台の地域実践における市民・大学・行政の関係構築を考えるうえで多くの示唆を与えてくれる。

■書誌情報
書名:『ゼロ・エミッションへの挑戦  台湾発 未来をつくる行動のデザイン』
著者/編集: 財団法人国家実験研究院 (著) , 伊藤佳代 訳
出版社: 集広舎
発売日: 2026年04月
発行形態: 単行本
ページ数: 180頁
ISBN: 9784867350621

■ 本書の概要
本書『ゼロ・エミッションへの挑戦―台湾発:未来をつくる行動のデザイン』(原書:中国語版『起萌行動 公民零碳實驗室』、2025年2月刊)は、台湾の公的研究機関である財団法人国家実験研究院(National Institutes of Applied Research:NIAR)によって編まれた一冊である。日本語版の制作にあたっては、国立中山大学教員である伊藤佳代が翻訳を担当しており、本稿はその訳者自身によるレビューである。
本書は、世界的に脱炭素化への移行が進むなかで、台湾が掲げる「2050年ネットゼロ排出」という国家目標を背景に、「公民団体イノベーション実証・サンドボックス試験計画(公民團體創新示範與沙盒試驗計畫、以下「サンドボックス計画」)」をめぐる市民による具体的な社会実践を紹介する一冊である。
「規制のサンドボックス(Regulatory Sandbox)」とは、既存制度に収まりきらない技術や取り組みに対して一時的に規制を緩和し、一定期間の実証を可能にする実験的空間を設ける仕組みである。サンドボックス計画は、この発想に基づき、市民団体やスタートアップが行政と協働しながら、ネットゼロを目指した新たな社会的実践に取り組むことを支援するプロジェクトである。
また、このサンドボックス計画の枠組みは、単なる実験の場にとどまらず、市民団体同士が学び合い、連携しながら成長するプラットフォームとしても機能している。行政にとっても、現場から生まれる知見やニーズを政策へと接続する契機となり、実践と制度形成が相互に作用する構造が形成されている。
本書では、このサンドボックス計画のもとでネットゼロに挑む12のチームの実践が紹介されている。福祉、介護、まちづくり、協同経済、女性支援、テクノロジーなど多様な領域にわたり、市民団体やNPO、スタートアップ企業が参画している。取り組みの内容も、再生可能エネルギー、循環経済、自然によるカーボン吸収など多岐にわたるが、その根底には「市民のエンパワーメントを通じて社会を変えていく」という共通の方向性がある。本書は、こうした事例を通して、ネットゼロを軸とした社会変革が地域にどのように根づいていくのかを描き出している。

■ 印象に残った点
本書を通してまず強く印象に残ったのは、台湾においてネットゼロや脱炭素に向けた多様で創造的な取り組みが、これほどまでに各地で展開されているのかという率直な驚きであった。日台間の地域実践や地方創生に関わる立場から見ても、こうした動きが体系的に可視化される機会は決して多くない。
本書では、それぞれの地域で地道に活動を続けてきた市民団体や実践者の取り組みが、個別の事例としてではなく、一定の枠組みのもとで整理され、ケーススタディとして提示されている。これにより、これまで断片的に存在していた実践が相互に結びつき、台湾におけるネットゼロの動きとして立体的に把握できるようになっている点に大きな意義がある。
そのうえで、特に印象に残った点を二つ挙げたい。
第一に、サンドボックス計画が市民主体のエンパワーメントを何よりも重視している点である。サンドボックス計画の取り組みにおいては、市民は単なる政策の受け手ではなく、生活に根ざした気づきから社会課題を見出し、主体的に課題を設定し、解決策を試行する主体として位置づけられている。従来の政策が行政主導で進められることが多いのに対し、本書では「市民が動くことで社会が変わる」という逆方向のアプローチが明確に示されている。
とりわけ印象的だったのは、行政と市民などそれぞれの立場にある人々が対話を重ね、信頼関係を築き、伴走支援を行っている点である。もっとも、このような行政と市民の協働関係の構築は必ずしも容易ではない。本書の事例でも、市民と行政のあいだで初めは摩擦や葛藤が生じていたが、対話を繰り返すことで少しずつ信頼関係が築かれ、伴走支援のもとで市民が知識や技術を獲得しながらエンパワーメントを高め、社会を動かす主体へと変化していく過程が丁寧に描かれている。こうした関係性は、単なる参加を超えた協働のあり方を示しており、市民の力の強さとともに、社会変革の新たな可能性を感じさせる。
第二に、実践から制度へとつながるダイナミズムである。各プロジェクトで得られた成果や課題が政策や制度設計へとフィードバックされる仕組みが構築されており、「政策に基づいて実行する」のではなく、「まず現場で試み、その結果が制度へと反映される」というボトムアップの流れが示されている。
このような「実行から政策へ」というプロセスは、日本において必ずしも十分に確立されているとは言い難く、その意味でも本書の提示する実践は示唆に富む。もっとも、本書に描かれる実践もまた必ずしも順調に進んでいるわけではなく、市民が行政との関係の中で葛藤や試行錯誤を重ねている現実の姿も記されている。こうした実践は、市民がまず試みることから始まり、その蓄積が制度を形づくっていくものである。このように、葛藤を内包しながら展開していく過程は、今後の社会設計を考えるうえで重要な視点を示している。

■総評
以上のように、本書は台湾におけるネットゼロに向けた市民主体の実践と制度形成の動態を具体的に描き出したものであり、現代の社会変革における新たな実践モデルを提示する点に大きな意義がある。
日本においても規制のサンドボックスは2018年以降導入されているが、その主眼は企業やスタートアップを主体とした新技術やビジネスモデルの実証にあり、市民団体や地域を主体とした社会実践を起点とし、ネットゼロや社会変革といった課題への対応を前面に位置づける台湾の取り組みとは、その目的や主体のあり方において異なっている。
こうした違いを踏まえると、市民が主体となって試み、その成果が制度へと接続されていく台湾のサンドボックス計画のあり方は、日本にとっても重要な示唆を与えるものである。とりわけ、筆者が関わる日台の地方創生の実践においても、市民・大学・行政の関係構築は常に重要な課題であり、本書はその具体的な方法論を考えるうえで多くの示唆を与えている。
筆者は台湾に拠点を置く日本人教員として日台の地域実践に関わってきたが、これまで台湾では日本の事例を参照しながら地域づくりや制度設計が行われてきた場面も少なくなかった。そうした点において、本書は日台の関係を一方向的な参照から相互的な学びへと捉え直す契機を与えるものでもある。
以上の点から、本書は日台間で地域創生や社会実践に関わる人々にとって有益な参照となるとともに、日本ではまだ十分に知られていない台湾のネットゼロの取り組みを知るうえでも重要な一冊である。日台の地域実践に関わる人々はもちろん、台湾研究に関心を持つ研究者や学生、さらには台湾や日台交流に関心を持つ若い世代にも広く読まれることを期待したい。

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